精神障害の労災1082件から考える
ー「人」ではなく「仕事」を叱る職場へー
2026/07/21 17:08:00 コラム
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7月16日付の日本経済新聞で、仕事による強いストレスを原因とする精神障害の労災について報じられていました。
厚生労働省によると、2025年度の労災請求件数は4,958件。
年度内に支給・不支給が決定した3,839件のうち、支給決定は1,082件で、認定率は28.2%でした。
請求件数と支給決定件数は同じ年度に請求された同一の案件群ではないため、単純に4,958件と1,082件を比較することはできません。それでも、単純に計算した認定率が3割に届かないという数字には、社労士としても経営者としても考えさせられます。
認定されなかったことは、苦しみがなかったことではない
労災として認定されなかったことは、その人に苦しみがなかったことを意味しません。
労災認定では、精神障害の発病と業務との関係を、認定基準と客観的な事実に基づいて判断します。そこには、制度としての慎重さが必要です。
一方で、これほど多くの請求が寄せられている事実も、軽く見ることはできません。
挟まれているのは、40代・50代の管理職
私は、社会保険労務士法人の代表社員であり、株式会社の代表取締役でもあります。50代後半、バブル期に社会人となり、現在は二つの法人で部下を育てている真っ最中です。
今回の支給決定件数を年齢別に見ると、40~49歳が294件で最も多く、50~59歳が244件、30~39歳が243件と続いています。
若い社員だけの問題ではありません。40代、50代の管理職は、経営側からは成果を求められ、部下には細心の配慮をしながら指導し、顧客や取引先からの厳しい要求にも対応しています。家庭では、子育てや親の介護を抱えていることもあります。
まさに、上からも下からも挟まれやすい世代です。
ハラスメントを防ぐことは当然です。しかし、「何を言ってもパワハラと受け取られるのではないか」と管理職が恐れ、必要な指導までできなくなれば、人材を育てることはできません。厚生労働省の指針でも、客観的に見て、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワーハラスメントには該当しないとされています。
「人」を叱るのではなく、「仕事」を叱る
大切なのは、厳しいか、やさしいかという二者択一ではありません。
何に対して、どのような言葉で指導するのか。
私は、仕事の品質については、必要な基準を求めるべきだと考えています。
期限を守ること。間違いを見直すこと。お客様に責任ある仕事を提供すること。これらを曖昧にすることは、本当のやさしさではありません。
しかし、
叱る対象は、その人の人格ではなく、その人が行った仕事です。「人」を叱るのではなく、「仕事」を叱る。
間違いがあれば、何が違っていたのかを具体的に伝える。求める基準を示す。改善の方法を一緒に考える。そして、もう一度取り組む機会をつくる。
私にも、指導の言葉が仕事ではなく、自分自身に向けられたように感じたことがあります。詳細は胸にしまっておきます。ただ、言葉は、発した側が思う以上に長く人の心に残る。そのことは忘れたくありません。
問題を小さいうちに見つける仕組み
だからこそ、会社には、問題が起きてから対応するだけではなく、問題を小さいうちに見つける仕組みが必要です。
私は、職場環境について継続的に話し合う委員会をつくること、そして社員だけでなく管理職にも、こまめな面談の機会を設けることを提案したいと思います。
委員会は、誰かを裁くための場所ではありません。
業務量に無理はないか。指導する側が孤立していないか。社員が相談をためらっていないか。顧客からの迷惑行為を個人だけに背負わせていないか。
こうした職場の小さな変化を、早い段階で捉えるための場所です。
強い人・弱い人で分けない職場へ
人を「心の強い人」「弱い人」と固定的に分ける必要もありません。
誰にでも、踏ん張れるときがあります。そして、支えを必要とするときもあります。
部下も管理職も、会社もスタッフも、手を取り合って働いていく。
私たちが目指す「社会にやさしい提案型の社会保険労務士法人」とは、誰が悪いかを判断するだけではなく、どうすれば人を守りながら、人を育てることができるのかを、企業の皆様と一緒に考える存在です。
働く人の尊厳を守ること。
管理職を孤立させないこと。
そして、仕事の品質と責任を守ること。
そのいずれも諦めない職場づくりを、これからも提案していきたいと思います。
「働きたくて働く人」と「働かざるを得ない人」の違い
―静かに分断される職場を見て思うこと―
2026/07/07 09:35:49 コラム
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最近、仕事を通じてよく考えることがあります。
それは、「人は何のために働くのか」ということです。
社会保険労務士として、日々、経営者の方や働く方の相談を受けています。給与、労働時間、採用、退職、職場の人間関係、就業規則、制度づくり。ご相談の内容はさまざまですが、その奥にはいつも「働くこと」と「生きること」があります。
お金は大切。でも、お金だけでは働き続けられない
もちろん、お金は大切です。
会社を続けるにも、社員を守るにも、家族を守るにも、お金は必要です。生活していく以上、収入は欠かせません。
ですから、「お金がなくても幸せです」と簡単に言うつもりはありません。
ただ、多くの方と接する中で感じるのは、「人はお金のためだけでは働き続けられない」ということです。
誰かの役に立ちたい。
自分の経験を活かしたい。
ありがとうと言われたい。
社会とつながっていたい。
自分の仕事に意味を感じたい。
そうした気持ちがあるからこそ、人は「働きたい」と思えるのではないでしょうか。
反対に、働く理由が「生活のためだけ」「辞められないから」「他に選択肢がないから」になってしまうと、仕事はだんだん苦しいものになっていきます。
もちろん、誰もが理想どおりに働けるわけではありません。
生活があります。責任があります。会社にも事情があります。人手不足の職場もありますし、経営に余裕がない会社もあります。
それでも、だからこそ考えてしまいます。
「人が少しでも前向きに働ける職場とは、どんな職場なのだろうか」と。
意見がぶつかる職場より、怖いもの
職場を見ていて、もう一つ感じることがあります。
それは、
意見がぶつかる職場よりも、誰も何も言わなくなった職場の方が、実は深刻なことがあるということです。
もちろん、喧嘩や感情的な対立が良いという意味ではありません。
言葉が強くなりすぎれば、人は傷つきます。対立がこじれれば、職場全体の空気も悪くなります。関係が決裂してしまうこともあります。
ただ、それでも意見が出ているうちは、まだ「わかってほしい」「変わってほしい」「伝えたい」という気持ちが残っているのかもしれません。
本当に怖いのは、
静かに分断されている職場です。
表面上は大きなトラブルがない。誰も強く反論しない。会議でも波風が立たない。淡々と仕事は進んでいるように見える。
でも、その内側で、人の心が少しずつ離れていく。
言っても無駄。どうせ変わらない。本音を言うと面倒なことになる。波風を立てるくらいなら、黙っていた方がいい。
そのように、言葉が失われていく職場があります。
そのような職場で、人は本当に幸せに働けるのでしょうか。
職場づくりに、絶対の正解はない
私は、職場づくりに絶対の正解はないと思っています。
厳しさが必要な会社もあります。自由さが人を伸ばす会社もあります。まずルールを整えることが必要な会社もあれば、まず対話を取り戻すことが必要な会社もあります。
会社の規模、業種、経営者の考え方、社員の年齢層、これまでの歴史。それぞれ違うからこそ、正解も一つではありません。
だからこそ大切なのは、「その職場にとって、今、何が最適なのか」を考え続けることだと思います。
ルールだけでは、人は幸せに働けない
賃金や制度は大切です。労働時間の管理も、就業規則も、評価制度も必要です。ルールがなければ、職場は不安定になります。
でも、ルールだけでは、人は幸せには働けません。
安心して意見を言えること。違和感を言葉にできること。立場が違っても、対話をあきらめないこと。自分の仕事が誰かの役に立っていると感じられること。
そうしたものが重なって、人はようやく「ここで働いていてよかった」と思えるのではないでしょうか。
働くことは、単に労働時間と賃金の交換だけではありません。
自分の存在が認められること。自分の声が届くこと。誰かと一緒に何かをつくっていると感じられること。自分の人生の一部として、その仕事に意味を感じられること。
そういう実感があるからこそ、人は「働かざるを得ない」からではなく、「働きたいから働く」に近づいていけるのだと思います。
これからの職場づくりに必要な問い
これからの職場づくりには、
「どう働いてもらうか」 だけではなく、
「どうすれば、ここで働きたいと思ってもらえるか」
という問いが必要なのだと思います。
制度を整えるだけではなく、その職場にとって本当に必要なことは何かを考えながら、企業の健やかな成長をお手伝いしていきたいと思います。