【AIと向き合う③】
その質問で、ほしい答えは返ってきますか?
― AIに必要なのは「聞き方」より判断に必要な事実 ―
前回は給与計算の効率化を例に、すぐに答えを求める前に、一度立ち止まって問いを立てることについて書きました。
では、
「いい問い」とは、どのような問いなのでしょうか。
長い文章を書くことでしょうか?
専門用語をたくさん入れることでしょうか?私は、そうではないと思っています。
大切なのは、判断に必要な事実が、きちんと入っていることです。
台風の日の賃金をAIに聞いてみる
例えば、台風で公共交通機関が計画運休になった日のことを考えてみます。
会社の経営者が、AIにこう聞いたとします。
「台風で電車が動かないから、今日は会社を休みにしました。給料は払わなくていいですよね」
今のAIであれば、おそらく、単純に「払わなくてよい」とは答えません。
「従業員が自分の判断で出勤しなかったのか、会社が休業を命じたのかによって異なります。会社が休ませた場合には休業手当が必要になる可能性があります。ただし、自然災害による不可抗力と認められる場合は、支払いが不要となることもあります」
このような回答になるでしょう。
確かに、間違いではありません。
しかし、これだけでは実際の給与計算はできません。
なぜなら、
AIが判断するための事実が、まだ足りないからです。事実を整理して聞いてみる
社労士が実務判断のために質問するなら、例えば次のように聞きます。
「事業所自体に被害はなく、設備も使用でき、営業は可能でした。一方、台風により公共交通機関が計画運休となったため、会社が全従業員を休業としました。就業規則に災害時の特別有給休暇の定めはありません。一部の職種はテレワークが可能です。
この場合の労働基準法第26条の休業手当について、次の観点から整理してください。
①会社が命じた休業か、従業員個人の欠勤か
②不可抗力の要件を満たすか
③テレワーク、時差出勤など、休業を回避する方法があったか
④職種ごとに判断を分ける必要があるか
⑤年次有給休暇として処理できるか
⑥結論を出すために、ほかに確認すべき事実は何か」
ここまで尋ねると、AIの答えは具体的になります。
ただし、
「休業手当を払えばよい」という一つの結論になるとは限りません。例えば、次のように整理されます。
会社が全従業員に休業を命じたのであれば、労働基準法第26条の問題になります。
事業所に被害がなく営業も可能であった以上、直ちに不可抗力とはいえません。
一方で、暴風警報や避難情報が出ていたのか、安全に出勤できる手段があったのか、会社が時差出勤やテレワークを検討したのかによって、判断は変わります。
テレワークができる職種については、仕事をさせる方法があったにもかかわらず会社が休ませたのであれば、不可抗力とは認められにくくなるでしょう。
一方、現場でなければ仕事ができず、安全な通勤手段もなかった職種については、別の判断になる可能性があります。
また、会社が休業とした日を、本人の希望を確認せず、一律に年次有給休暇として処理することはできません。
詳しく質問することで得られるものは、必ずしも「一つの答え」ではありません。誰について同じ判断ができ、誰について判断を分けなければならないのか。
何がすでに分かっていて、何を追加で確認しなければならないのか。
そこまで見えるようになるのです。
問いを立てるとは、答えを誘導することではない
AIへの質問というと、特殊な言葉を使った「プロンプトの技術」が注目されがちです。
けれど、実務で本当に大切なのは、AIから自分の望む答えを引き出すことではありません。
都合のよい結論へ誘導するために、
「テレワークができたのだから、休業手当は必要ですよね」
と聞けば、AIもその前提に引っ張られることがあります。
だからこそ、
「支払うべき理由と、支払わなくてもよい可能性の両方を示してください」
「結論を出すために不足している事実も挙げてください」
と、あえて反対側からも検討させる必要があります。
問いを立てるとは、答えを決めてから尋ねることではありません。
判断に必要な事実と論点を並べ、まだ分からない部分を明らかにすることです。社労士の仕事も同じです
これは、AIに限った話ではありません。
顧問先から、
「この日は無給でいいですよね」
「この社員には辞めてもらえますよね」
「固定給にすれば毎月同じ金額になりますよね」
と聞かれることがあります。
けれど、その言葉だけに答えてしまうと、本当に確認すべきことを見落とすことがあります。
誰が決めたのか。
なぜ、そうなったのか。
これまで、どのように扱ってきたのか。
他に選べる方法はなかったのか。その処理によって、誰にどのような影響が出るのか。
一つずつ事実を確認し、問い直していく。
私たち社労士が提供しているのは、法律の答えだけではありません。
「何を確認しなければ、答えを出してはいけないのか」を見極めることも、専門家の仕事です。AIは、問いに書かれていない事実を確定することはできません。
だからこそ、AIが広がる時代には、答えを早く出す力だけではなく、答えてよい範囲を見極める力が、これまで以上に大切になるのだと思います。