増やすのをやめたら、残るものが増えた
2026/08/03 17:06:31 コラム
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AI時代に考える「引き算経営」
AIやさまざまなシステムの進化によって、私たちは以前よりも多くの仕事を、速く処理できるようになりました。
文章を書く。
調べる。
整理する。
計算する。
繰り返しの作業を自動化する。
私たちの事務所でも、AI、マクロ、RPAなどを活用しながら、業務の効率化に取り組んでいます。
しかし最近、効率化とは、今ある仕事を速くすることだけではないと感じるようになりました。
その仕事は、本当に必要なのか。
その制度は、現在の会社の実態に合っているのか。
その支援を、私たちは今後も責任を持って続けられるのか。
仕組みを速く動かす前に、仕組みそのものを見直す。
それが、私たちの考える「引き算経営」です。
顧問先ごとに、必要な支援は異なります
私たちの事務所では、スタッフがただ依頼された作業を処理しているわけではありません。
給与計算や各種手続き、規程の整備などを通じて、一社一社の状況を見ています。
会社の制度が大きく変われば、給与計算、就業規則、各種の届出や申請にも影響します。
一つひとつの手続きだけを見れば問題がないように見えても、制度全体を見たときに整合性が取れていないことや、時間が経ってからリスクが表面化することもあります。
そのため、私たちの事務所では、顧問先についてスタッフ同士で話し合うことがあります。
「この制度は、今の働き方に合っているだろうか」
「この進め方を続けて、将来会社が困ることはないだろうか」
「今、この会社に本当に必要な支援は何だろうか」
ときには意見が分かれることもあります。
それでも、顧問先にとって何が一番よいのかを考えるという点は、全員に共通しています。
現場に近いスタッフが感じる小さな疑問や違和感も、私たちは大切にしています。日々その仕事と向き合っているからこそ、見えるリスクがあるからです。
契約を続けることだけが、誠実さではありません
会社が成長すれば、事業も制度も複雑になります。
以前は、小さな事務所による身近で細やかな支援が合っていた会社であっても、成長の段階によってはより多くの専門家を抱えた社労士法人や、別の体制を持つ事務所が対応する方が適していることもあります。
これは、どちらが優れているという話ではありません。
会社のステージが変われば、必要になる支援の形も変わってきます。
私たちは現在、長くお付き合いしてきた複数の顧問先についても、契約内容や仕事の進め方をあらためて見直しています。
今の契約と、実際に必要となっている業務は合っているのか。
私たちの体制で、今後も責任を持って支援できるのか。
このまま私たちが担当することが、本当にその会社のためになるのか。
長いお付き合いがあるからこそ、簡単に答えを出すことはできません。
しかし、責任を持って「大丈夫です」と言えない仕事を、何事もないように受け続けることもできません。
場合によっては、別の専門家や体制をご案内することが、その会社にとってよりよい選択になることもあります。
契約を続けることだけが、顧問先を大切にすることではない。
会社の将来まで考え、必要な支援の形をご提案することも、専門家としての役割だと考えています。
制度をシンプルにするという選択
ある会社では、毎月一定時間分の残業代を、固定残業手当として支給していました。
しかし、その制度を設けた当時と比べて、実際の働き方は大きく変わっていました。固定分と超過分を分けて計算し、管理するために、毎月多くの確認作業が発生していました。
マクロやRPA、AIなどの技術を使えば、計算を速くすることはできます。
しかし、会社の方と話し合う中で、私たちは別の問いを持ちました。
「この固定残業手当は、現在の働き方に本当に必要なのだろうか」
そこで、手当を廃止することも含め、給与体系そのものを見直すことになりました。
実際に発生した残業に対する計算は必要ですが、固定分と超過分を分けて管理する処理はなくなります。
この見直しにより、給与計算の工数が減るだけではありません。給与体系がシンプルになり、会社から従業員への説明もしやすくなります。
私たちの事務所だけが楽になるのではなく、会社にとっても、従業員にとっても、分かりやすい制度になりました。
今ある作業を速くするのではなく、その作業を生んでいる仕組みを見直す。
いわゆる、「引くこと」によって、双方にとってよい形が生まれた一例です。
「人と責任を守る」ための引き算
AIやシステムは、たくさんの答えや方法を示してくれます。
しかし、日々の仕事の中で感じる小さな違和感は、実際にその仕事をしている人にしか分からないことがあります。
何を残し、何を手放すのか。
顧問先にとって何が本当に必要なのか。
誰を守るために、どこで立ち止まるのか。
最後にその線を引くのは、人です。
引き算は、会社を小さくすることでも、仕事をあきらめることでもありません。
本当に大切な仕事に、きちんと力を使えるようにすること。
粗利を残すこと。
人の余力を残すこと。
専門家としての責任を守ること。
スタッフが安心して働ける環境を守ること。
そして、顧問先にとって本当に必要な支援を考え続けること。
増やすことが簡単になった時代だからこそ、私たちは、何を増やすかだけでなく、「何を減らすか」についても考えていきます。
一社一社の状況と向き合い、その会社に合った、無理のない支援の形をご提案してまいります。
精神障害の労災1082件から考える
ー「人」ではなく「仕事」を叱る職場へー
2026/07/21 17:08:00 コラム
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7月16日付の日本経済新聞で、仕事による強いストレスを原因とする精神障害の労災について報じられていました。
厚生労働省によると、2025年度の労災請求件数は4,958件。
年度内に支給・不支給が決定した3,839件のうち、支給決定は1,082件で、認定率は28.2%でした。
請求件数と支給決定件数は同じ年度に請求された同一の案件群ではないため、単純に4,958件と1,082件を比較することはできません。それでも、単純に計算した認定率が3割に届かないという数字には、社労士としても経営者としても考えさせられます。
認定されなかったことは、苦しみがなかったことではない
労災として認定されなかったことは、その人に苦しみがなかったことを意味しません。
労災認定では、精神障害の発病と業務との関係を、認定基準と客観的な事実に基づいて判断します。そこには、制度としての慎重さが必要です。
一方で、これほど多くの請求が寄せられている事実も、軽く見ることはできません。
挟まれているのは、40代・50代の管理職
私は、社会保険労務士法人の代表社員であり、株式会社の代表取締役でもあります。50代後半、バブル期に社会人となり、現在は二つの法人で部下を育てている真っ最中です。
今回の支給決定件数を年齢別に見ると、40~49歳が294件で最も多く、50~59歳が244件、30~39歳が243件と続いています。
若い社員だけの問題ではありません。40代、50代の管理職は、経営側からは成果を求められ、部下には細心の配慮をしながら指導し、顧客や取引先からの厳しい要求にも対応しています。家庭では、子育てや親の介護を抱えていることもあります。
まさに、上からも下からも挟まれやすい世代です。
ハラスメントを防ぐことは当然です。しかし、「何を言ってもパワハラと受け取られるのではないか」と管理職が恐れ、必要な指導までできなくなれば、人材を育てることはできません。厚生労働省の指針でも、客観的に見て、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワーハラスメントには該当しないとされています。
「人」を叱るのではなく、「仕事」を叱る
大切なのは、厳しいか、やさしいかという二者択一ではありません。
何に対して、どのような言葉で指導するのか。
私は、仕事の品質については、必要な基準を求めるべきだと考えています。
期限を守ること。間違いを見直すこと。お客様に責任ある仕事を提供すること。これらを曖昧にすることは、本当のやさしさではありません。
しかし、
叱る対象は、その人の人格ではなく、その人が行った仕事です。「人」を叱るのではなく、「仕事」を叱る。
間違いがあれば、何が違っていたのかを具体的に伝える。求める基準を示す。改善の方法を一緒に考える。そして、もう一度取り組む機会をつくる。
私にも、指導の言葉が仕事ではなく、自分自身に向けられたように感じたことがあります。詳細は胸にしまっておきます。ただ、言葉は、発した側が思う以上に長く人の心に残る。そのことは忘れたくありません。
問題を小さいうちに見つける仕組み
だからこそ、会社には、問題が起きてから対応するだけではなく、問題を小さいうちに見つける仕組みが必要です。
私は、職場環境について継続的に話し合う委員会をつくること、そして社員だけでなく管理職にも、こまめな面談の機会を設けることを提案したいと思います。
委員会は、誰かを裁くための場所ではありません。
業務量に無理はないか。指導する側が孤立していないか。社員が相談をためらっていないか。顧客からの迷惑行為を個人だけに背負わせていないか。
こうした職場の小さな変化を、早い段階で捉えるための場所です。
強い人・弱い人で分けない職場へ
人を「心の強い人」「弱い人」と固定的に分ける必要もありません。
誰にでも、踏ん張れるときがあります。そして、支えを必要とするときもあります。
部下も管理職も、会社もスタッフも、手を取り合って働いていく。
私たちが目指す「社会にやさしい提案型の社会保険労務士法人」とは、誰が悪いかを判断するだけではなく、どうすれば人を守りながら、人を育てることができるのかを、企業の皆様と一緒に考える存在です。
働く人の尊厳を守ること。
管理職を孤立させないこと。
そして、仕事の品質と責任を守ること。
そのいずれも諦めない職場づくりを、これからも提案していきたいと思います。
「働きたくて働く人」と「働かざるを得ない人」の違い
―静かに分断される職場を見て思うこと―
2026/07/07 09:35:49 コラム
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最近、仕事を通じてよく考えることがあります。
それは、「人は何のために働くのか」ということです。
社会保険労務士として、日々、経営者の方や働く方の相談を受けています。給与、労働時間、採用、退職、職場の人間関係、就業規則、制度づくり。ご相談の内容はさまざまですが、その奥にはいつも「働くこと」と「生きること」があります。
お金は大切。でも、お金だけでは働き続けられない
もちろん、お金は大切です。
会社を続けるにも、社員を守るにも、家族を守るにも、お金は必要です。生活していく以上、収入は欠かせません。
ですから、「お金がなくても幸せです」と簡単に言うつもりはありません。
ただ、多くの方と接する中で感じるのは、「人はお金のためだけでは働き続けられない」ということです。
誰かの役に立ちたい。
自分の経験を活かしたい。
ありがとうと言われたい。
社会とつながっていたい。
自分の仕事に意味を感じたい。
そうした気持ちがあるからこそ、人は「働きたい」と思えるのではないでしょうか。
反対に、働く理由が「生活のためだけ」「辞められないから」「他に選択肢がないから」になってしまうと、仕事はだんだん苦しいものになっていきます。
もちろん、誰もが理想どおりに働けるわけではありません。
生活があります。責任があります。会社にも事情があります。人手不足の職場もありますし、経営に余裕がない会社もあります。
それでも、だからこそ考えてしまいます。
「人が少しでも前向きに働ける職場とは、どんな職場なのだろうか」と。
意見がぶつかる職場より、怖いもの
職場を見ていて、もう一つ感じることがあります。
それは、
意見がぶつかる職場よりも、誰も何も言わなくなった職場の方が、実は深刻なことがあるということです。
もちろん、喧嘩や感情的な対立が良いという意味ではありません。
言葉が強くなりすぎれば、人は傷つきます。対立がこじれれば、職場全体の空気も悪くなります。関係が決裂してしまうこともあります。
ただ、それでも意見が出ているうちは、まだ「わかってほしい」「変わってほしい」「伝えたい」という気持ちが残っているのかもしれません。
本当に怖いのは、
静かに分断されている職場です。
表面上は大きなトラブルがない。誰も強く反論しない。会議でも波風が立たない。淡々と仕事は進んでいるように見える。
でも、その内側で、人の心が少しずつ離れていく。
言っても無駄。どうせ変わらない。本音を言うと面倒なことになる。波風を立てるくらいなら、黙っていた方がいい。
そのように、言葉が失われていく職場があります。
そのような職場で、人は本当に幸せに働けるのでしょうか。
職場づくりに、絶対の正解はない
私は、職場づくりに絶対の正解はないと思っています。
厳しさが必要な会社もあります。自由さが人を伸ばす会社もあります。まずルールを整えることが必要な会社もあれば、まず対話を取り戻すことが必要な会社もあります。
会社の規模、業種、経営者の考え方、社員の年齢層、これまでの歴史。それぞれ違うからこそ、正解も一つではありません。
だからこそ大切なのは、「その職場にとって、今、何が最適なのか」を考え続けることだと思います。
ルールだけでは、人は幸せに働けない
賃金や制度は大切です。労働時間の管理も、就業規則も、評価制度も必要です。ルールがなければ、職場は不安定になります。
でも、ルールだけでは、人は幸せには働けません。
安心して意見を言えること。違和感を言葉にできること。立場が違っても、対話をあきらめないこと。自分の仕事が誰かの役に立っていると感じられること。
そうしたものが重なって、人はようやく「ここで働いていてよかった」と思えるのではないでしょうか。
働くことは、単に労働時間と賃金の交換だけではありません。
自分の存在が認められること。自分の声が届くこと。誰かと一緒に何かをつくっていると感じられること。自分の人生の一部として、その仕事に意味を感じられること。
そういう実感があるからこそ、人は「働かざるを得ない」からではなく、「働きたいから働く」に近づいていけるのだと思います。
これからの職場づくりに必要な問い
これからの職場づくりには、
「どう働いてもらうか」 だけではなく、
「どうすれば、ここで働きたいと思ってもらえるか」
という問いが必要なのだと思います。
制度を整えるだけではなく、その職場にとって本当に必要なことは何かを考えながら、企業の健やかな成長をお手伝いしていきたいと思います。
【AIと向き合う⑤】AIは、自信満々に間違える
―「鵜呑みにしない」という習慣―
2026/06/23 14:00:56 コラム
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AIに質問をすると、たいてい、すらすらと答えが返ってきます。
言い回しもなめらかで、自信にあふれている。
その堂々とした様子に、つい「そうなんだ」と信じてしまいそうになります。
けれど、ここに、ひとつ気をつけたいことがあります。
AIは、間違えることがあります。
しかも、間違っているときも、正しいときと同じ口調で答えるのです。
<正しい顔をした、まちがい>
たとえば、ある手当が社会保険の対象になるかどうか。
ある制度の、細かい要件。
こうしたことをAIに尋ねると、もっともらしい答えが返ってきます。
でも、よく見ると、少し古い情報だったり、似て非なる制度と混ざっていたり、条文の言葉がほんの少しずれていたりすることがあります。
社労士として日々この分野にいると、「ここは確認が必要だ」と気づけることがあります。
けれど、その分野を知らない人には、見分けがつきません。
なめらかで、自信のある文章ほど、かえって「正しそう」に見えてしまうのです。
<なぜ、労務では特に怖いのか>
労務の答えは、人のお金や生活に直結します。
給与、手当、社会保険、解雇、年金。
どれも、間違った理解のまま処理してしまうと、あとになって大きな問題になりかねません。
しかも、困っている人ほど、早く答えがほしいものです。
だからこそ、AIのなめらかな答えに、飛びつきたくなる。
その気持ちは、よく分かります。
でも、急いでいるときほど、いったん立ち止まりたいのです。
<疑うのではなく、確かめる>
私がおすすめしたいのは、AIを疑うことではありません。
AIの答えを「たたき台」として受け取るという姿勢です。
返ってきた答えに対して、こう問い直してみる。
「本当に、そうだろうか」
「これは、いつの時点の情報だろうか」
「どの根拠にもとづいているのだろうか」
そして、人の生活がかかった大事な判断は、最後に、根拠資料や専門家に戻って確かめる。
AIに全部をゆだねるのではなく、AIと一緒に考えて、決めるのは人。
この順番を、忘れないようにしたいのです。
<AIの答えを仕事で使う前に、確認したいこと>
AIの答えを仕事で使う前に、最低限、ここだけは確認したいものです。
1. その情報は、いつ時点のものか
2. 法令・通達・公的資料など、根拠が確認できるか
3. 似た制度と混同していないか
4. 自社の就業規則・雇用契約・実態に合っているか
5. 人のお金・生活・処遇に影響する判断ではないか
最後の5つ目に当てはまるときは、AIの答えだけで決めない。
専門家や、根拠となる資料に戻る。
このひと手間が、後の大きなトラブルを防ぐことにつながります。
<AIと、上手につき合うために>
前回、私は「AIの言葉を、そのまま借りない」と書きました。
今回の「鵜呑みにしない」も、根っこは同じです。
AIは、とても賢い相談相手です。
たくさんのことを、すばやく整理してくれます。
けれど、最終的な責任は、いつも人の側にあります。
鵜呑みにしないことは、AIを遠ざけることではありません。
むしろ、AIの得意なことと、苦手なことを知って、上手につき合うこと。
それが、これからの時代に、AIを道具として使いこなすということなのだと思います。
【AIと向き合う④】
うまく言えないのは、考えがないからではない
2026/06/16 17:47:30 コラム
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<AIは「意見を言葉にする」味方になる >
会議の場で、言いたいことがあるのにうまく言葉にできなかった。
後になって、「ああ、本当はこう言いたかった」と思う。
そんな経験はありませんか。
意見をうまく言葉にできないと、「自分には考えがないのかもしれない」と感じてしまうことがあります。
けれど、多くの場合、考えがないのではありません。考えはある。ただ、まだ言葉の形になっていないのです。
<考えをつくるのではなく、言葉にする>
私は、ここにAIの新しい役割があると思っています。
たとえば、頭の中がもやもやしているとき、きれいにまとめようとせず、AIにそのまま話してみます。
「うまく言えないのですが、こういうことで困っていて、なんだか引っかかっているんです」
するとAIは、
「つまり、こういうことでしょうか」「一番気になっているのは、この部分ですか」
と、こちらの言葉を整理して返してくれます。
やりとりを重ねるうちに、自分でも気づいていなかった本音や、何を大切にしたいのかが、少しずつ輪郭をもってきます。
これは、答えを教えてもらうこととは少し違います。自分の中にすでにあったものを、いったん外に出して眺める。そのための「壁打ち相手」になってもらう感覚に近いのです。
<声の大きさに埋もれてしまう意見>
職場では、すぐに言葉が出る人や、はっきり主張できる人の意見が通りやすいことがあります。
けれど、静かな人、若い人、慎重な人、相手への配慮が先に立つ人の中にも、大切な視点はたくさんあります。言葉にするまでに少し時間がかかるだけで、考えが浅いわけではありません。
AIは、たとえば次のような場面で、その「最初の一歩」を支えてくれます。
・会議で伝えたいことを、要点ごとに整理する。
・強すぎる言い方になっていないか、別の表現を考える。
・反対意見としてではなく、質問や提案の形に言い換える。
言葉にする前の不安が少し軽くなるだけで、これまで表に出なかった意見が、職場の対話に加わることがあります。
<言葉にする練習が、社会参加の一歩になる>
海外に行くと、自分の意見を求められる場面が多くあります。
黙っていることが、必ずしも「慎重に考えている」と受け取られるとは限りません。場合によっては、意見がない、関心がない、あるいは相手の意見に賛成していると受け取られることもあります。
けれど、自分の考えをまとめ、その場で発話することが苦手な人にとって、それは決して簡単なことではありません。
日本では、自分の意見を言葉にして伝えることに苦手意識を持つ人も少なくないように思います。社会に出て、会議や面談、交渉などの場面が増えると、その苦手意識が、よりはっきりと表れることがあります。
そんな人にとって、AIは発話の練習相手にもなります。
まず、自分の中にある考えや気持ちをAIに話してみる。整理された文章を読み、「これは自分の考えに近い」と思えたら、今度はそれを実際に声に出してみます。
文章として整理することと、それを自分の口で話すことは、少し違います。けれど、声に出してみると、「この言い方は自分らしくない」「ここはもっとやわらかく伝えたい」といった違和感にも気づけます。
その違和感をAIに伝えて、もう一度言葉を整える。そして、また声に出してみる。そんな繰り返しも、自分の考えを伝える力を育てる練習になります。
これまで発言をためらっていた人が、自分の考えを伝えられるようになる。それは、その人自身の成長だけではありません。
今まで表に出なかった意見や経験が、職場や社会に届くようになるということです。その言葉が、誰かの困りごとを解決したり、組織をよりよくしたり、新しい行動につながったりすることもあります。
<最後に言葉を選ぶのは、自分>
ただし、ここで大切にしたい前提があります。
AIに「正しい意見」を作ってもらうのではない ということです。
AIは、こちらの経験や気持ちを本当の意味で知っているわけではありません。もっともらしく整理していても、少しずれていたり、事実と違っていたりすることもあります。だからこそ、出てきた言葉をそのまま借りるのではなく、「これは本当に自分が言いたかったことだろうか」と確めることが必要です。
しっくりこなければ、「少し違う」「そこまで強くは思っていない」と伝え、何度でも言葉を選び直せばよいのです。
AIは、自分の中にある言葉を引き出すために使う。最後に、どの言葉を選ぶかは自分で決める。
その線引きがあってこそ、AIの助けを借りた言葉も、自分の言葉になります。
なお、職場の出来事を相談するときは、会社名や個人名など、相手を特定できる情報を入力しない配慮も忘れないようにしたいものです。
<声にならなかった考えが、社会に届く!>
実は、私自身も、考えていることを言葉にまとめるのが得意な方ではありません。AIに手伝ってもらいながら、自分が本当に伝えたかったことを探す場面もあります。
意見を言う力とは、すぐに上手に話す力だけではありません。立ち止まって、自分の考えを確かめ、言葉を選び直す力も含まれます。
AIの手を借りながらでも、自分の言葉にたどり着けたなら、その言葉はきっと相手にも届きます。
そして、これまで発言をためらっていた人が一歩を踏み出せば、積極的な社会参加につながり、その人が持っていた経験や視点が、誰かの役に立つこともあるでしょう。
AIは、誰かの代わりに意見を言う道具ではありません。
まだ声になっていない考えに、そっと輪郭を与え、社会へ届ける一歩を支える道具。
それが、これからの時代の新しい「話す力」を支えるのかもしれません。